リニア論考:私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか?
沖啓二(麻生区在住) 2018.8 投稿
私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(1)
リニア新幹線には致命的な欠陥があります。それは乗客に対し飛行機並みのボデイチェックと手小荷物検査が必要になることです。品川―名古屋間は上述の通りほとんどトンネル内走行です。列車は中央制御で走るから運転士はいません。16両編成、定員1000人の列車には3人の車掌が乗り込むだけです。暗黒のトンネル内を時速500キロでひた走る列車に爆発物や凶器が持ち込まれたらどう対処するか? JR東海はまだ結論を出していませんが、やはり飛行機並みに、乗車前に乗客のボデイチェックと手小荷物検査が不可欠でしょう。しかし乗客がボデイチェックと手小荷物検査を受けるためには、遅くとも発車30分前には検査場に到着していなければなりません。この時間にプラスして、さらに東京駅から乗車するとすれば、JRや地下鉄で品川駅まで到達する時間、また品川駅でリニアEXが発車する大深度地下ホームに降りる時間、到達駅の名古屋、新大阪の大深度地下ホームから上がってくる時間をプラスすると、リニアEXの時間的優位がまったく失われてしまいます。新大阪や名古屋から品川へ向かう場合も同じです。何のために投資するのか、まるで意味がないですね。
東京駅から品川駅に来る時間 20分
大深度地下ホームに降りる時間 20分
ボデイチェック、手小荷物検査の時間 30分
名古屋、新大阪で大深度地下ホームから上がってくる時間 10分
合 計 80分
現東海道新幹線(のぞみ) リニア+前後必要時間
東京―名古屋間所要時間 100分 40分+80分=120分
東京―大阪間所要時間 150分 67分+80分=147分
平成29年3月期、JR東海の売上高は1兆5700億円、経常利益が5600億円です。JR各社の中では断トツの成績です。この会社が投資額10兆円に近いリニア新幹線を経営します。JR東海の売上は、原則として現東海道新幹線の客が、リニア新幹線と東海道新幹線に分割されるだけですから、会社の売上はほとんど増えません。せいぜい東京―大阪間の航空機客がリニア新幹線に移ってくるくらいです。その反面、リニア新幹線の建設には莫大な投資が必要です。通常であれば、これだけ大きな投資をすれば、これに見合った売上や利益が増えるはずですが、JR東海の場合はほとんど費用が増えるだけです。売上を増やそうと運賃を値上げすれば乗客が減ってしまいます。結局JR東海はリニア新幹線の投資を賄えません。政府が採算無視で投資しないかぎり、話が前に進まないのです。26%も客が増えると予想するJR東海の利益予想が、損益ぎりぎりとしか計算できないのは、投資が大きすぎるからです。
私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(3)
南アルプス山脈核心部のすぐ西側、小河内岳、塩見岳から降りてくる沢に、小河内沢という沢があります。この沢を2キロ遡ると国立公園指定区域です。リニア新幹線は南アルプスを土かぶり(トンネルの天井になる土の厚さ)1400メートルという深いトンネルで潜り抜けます。しかしトンネルを抜けたあと、この小河内沢のあたりでは、土かぶりが急に浅くなり、100メートルか200メートルしかありません。環境庁は、リニア新幹線は地下水流が流れている岩盤よりずっと下を通るから、上流の国立公園を流れる地下水の方向や水量を妨げることはないと判断していました。だが、その後の調査で、小河内沢を横断するあたりでは、地下水がトンネルと同一平面で交差する可能性があることがわかったのです。
地下の岩盤、断層がどうなっているか、地上から推量することは非常にむずかしいとされています。特に岩盤の割れ目をつくる断層は深いところまで地下水で満たされています。この場合、トンネル工事で岩盤を破砕すると、地下水が坑道内に噴出してきます。噴出した水はもう元には戻りません。地下水は永遠に失われ地上の生態系に大きな影響を与えます。
小河内沢の流水量や方向がどうなるかは、工事してみなければわかりません。トンネル工事で小河内沢が涸れてしまうこともありえます。公園法は「国立公園区域内の河川、湖沼等の水位方向を変動させる行為」を禁止しており、違反に対して罰則を設けるとともに、原状回復を命じることができるとされています。しかし工事結果がわからない場合、環境庁は工事を許可できるのですか、それとも許可しないことが正しいのですか?
https://www.mapion.co.jp/m2/35.54125124,138.13481805,16/poi=L0643001
私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(4)
残土は「ごみ」ではありません。「ごみ」なら廃棄業者が集荷し焼却場に運んでくれますが、残土は「産業廃棄物」です。「産業廃棄物」」は、何らかのかたちで、発生元で再利用しなくてはいけません。これまで日本の鉄道はトンネル発掘後の残土を線路の盛り土に使ってきました。ところがリニア新幹線では、全線のほとんど(名古屋―大阪間でも同じと推測される)がトンネルであるために、この方法が使えません。そうなると、誰もが考え付く方法は、残土で山岳部の谷や沢筋を埋め立てることです。しかし実際にはあまり成功例がありません。山岳部の谷や沢が急傾斜であればあるほど、大水や地震の都度、埋め立てた土が滑り落ちます。埋め立て地の下にある町や村は「金魚鉢」の下で就寝しているようなものだと云われます。つい最近の2018年7月の西日本豪雨でも「金魚鉢」の恐ろしさが実証されました。
私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(5)
観点を変えて、私たちにもっと理解しやすい費用はないかと探してみると、ありました。それは介護保険総費用です。介護保険の要支援、要介護対象の認定者は全国600万人に近く、その大部分が年齢65歳以上です。介護費用の50%は国、都道府県、市町村が負担し、残りの50%を被保険者が支払います。その合計の介護保険総費用が9.7兆円。ほぼリニア新幹線への投資と見合う金額です。介護保険は費用ですし、リニアは投資ですから、コストの性格が異なりますが、それにしても、リニア新幹線への投資は、600万人の介護保険費用に匹敵するほど巨大なのです。
私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(6)
リニア新幹線の発想は、大量輸送、高速走行の、いわば高度成長時代の発想です。時代を読み違えたアナクロ発想です。今の日本に、10兆円もの費用をかけて(国民ひとりあたり10万円)、時速500キロで走る鉄道が必要ですか? 東京、大阪、名古屋を毎朝通勤する国民がどれだけ存在しますか?
それでもみなさんは、10兆円もの費用をかけて、この日本に 時速500キロで走る鉄道が必要と考えますか?