リニア論考:私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか?

                         沖啓二(麻生区在住)  2018.8 投稿

 

私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(1)

 リニア中央新幹線(以下リニア新幹線と略称)は2027年に品川―名古屋間開通予定、品川―新大阪間は最短で2037年に開通予定です。総工費は品川―名古屋が.5.43兆円、品川―新大阪が9.03兆円と発表されています。もちろん実際にはもっと高くなる可能性もあります。

 リニア新幹線の特徴は速度です。強力な電磁石を冷却して摩擦をゼロにし、車体を軌道から10センチ浮上させて前進します。最高時速が505キロ、品川―名古屋を40分品川―新大阪を67分で走行します。品川―名古屋間は南アルプスの真下にトンネルを掘り、直線で突っ切ります。トンネル区間は品川―名古屋間距離の86%に及び、車窓からはなにも見えません。

 ボデイチェックと手小荷物検査でリニア新幹線の時間的優位が吹っ飛ぶ

リニア新幹線には致命的な欠陥があります。それは乗客に対し飛行機並みのボデイチェックと手小荷物検査が必要になることです。品川名古屋間は上述の通りほとんどトンネル内走行です。列車は中央制御で走るから運転士はいません。16両編成、定員1000人の列車には3人の車掌が乗り込むだけです。暗黒のトンネル内を時速500キロでひた走る列車に爆発物や凶器が持ち込まれたらどう対処するか? JR東海はまだ結論を出していませんが、やはり飛行機並みに、乗車前に乗客のボデイチェックと手小荷物検査が不可欠でしょう。しかし乗客がボデイチェックと手小荷物検査を受けるためには、遅くとも発車30分前には検査場に到着していなければなりません。この時間にプラスして、さらに東京駅から乗車するとすれば、JRや地下鉄で品川駅まで到達する時間、また品川駅でリニアEXが発車する大深度地下ホームに降りる時間、到達駅の名古屋、新大阪の大深度地下ホームから上がってくる時間をプラスすると、リニアEXの時間的優位がまったく失われてしまいます。新大阪や名古屋から品川へ向かう場合も同じです。何のために投資するのか、まるで意味がないですね。                  

東京駅から品川駅に来る時間               20分

大深度地下ホームに降りる時間              20分

ボデイチェック、手小荷物検査の時間           30分 

名古屋、新大阪で大深度地下ホームから上がってくる時間  10分

合 計                       80分

            現東海道新幹線(のぞみ) リニア+前後必要時間

東京―名古屋間所要時間     100        40分+80=20

東京―大阪間所要時間             150          67分+80=147         

 

 私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(2)

 リニア新幹線にはさらに深刻な問題があります。施行者JR東海の利益がまったく期待できないからです。JR東海が発表している乗客の需要予測は明らかに過大です。現時点と比べて2027年の名古屋開通で乗客が5%増加し、その後毎年0.5%増加=10年で5%増加、2037年の大阪開通で15%増加、最終的に、現東海道新幹線とリニア新幹線両方を合わせた需要が26%強増えると予想しています。

 国立社会保険・人口問題研究所の推計によれば、日本の人口は2015年の1億2700万人から2037年の1億1300万人人まで11%も減少します。65歳以上の後期高齢者の割合は26.6%から33.8%まで上昇します。人口が1割減少し、高齢者が3人に1人を超えるのに、どうして新幹線の乗客が26%も増えるのですか?

 リニア新幹線は絶対にペイしない

平成29年3月期、JR東海の売上高は1兆5700億円、経常利益が5600億円です。JR各社の中では断トツの成績です。この会社が投資額10兆円に近いリニア新幹線を経営します。JR東海の売上は、原則として現東海道新幹線の客が、リニア新幹線と東海道新幹線に分割されるだけですから、会社の売上はほとんど増えません。せいぜい東京―大阪間の航空機客がリニア新幹線に移ってくるくらいです。その反面、リニア新幹線の建設には莫大な投資が必要です。通常であれば、これだけ大きな投資をすれば、これに見合った売上や利益が増えるはずですが、JR東海の場合はほとんど費用が増えるだけです。売上を増やそうと運賃を値上げすれば乗客が減ってしまいます。結局JR東海はリニア新幹線の投資を賄えません。政府が採算無視で投資しないかぎり、話が前に進まないのです。26%も客が増えると予想するJR東海の利益予想が、損益ぎりぎりとしか計算できないのは、投資が大きすぎるからです。

 みなさんは、自分はもう高齢だから、リニア新幹線に乗車する機会はないだろう。だからリニアにいくら費用がかかろうと自分が支払うことはない、と考えていませんか? そうではありません。建設費が政府予算で賄われるなら、それも例によって国債を使って建設するなら、その費用はいずれ国民が税金で支払わなければなりません。国債等政府の借金はいま1100兆円、国民一人あたり920万円もあります。この借金はいずれ国から国民に請求されます。請求されるのでなければ、円が暴落して国民が輸入品を買えなくなるか、または インフレになって暮らしにくくなります。リニアに乗ろうと乗るまいと関係ありません。

 

私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(3)

 国立公園法都道府県公園法という法律があります。国民の保健、休養等の目的のために、自然景観地を保護する法律ですが、動植物の生態系を保護する目的もあります。この法の指定区域内では一定の人工的工作物の設置が禁止されています。

 

南アルプス山脈核心部のすぐ西側、小河内岳、塩見岳から降りてくる沢に、小河内沢という沢があります。この沢を2キロ遡ると国立公園指定区域です。リニア新幹線は南アルプスを土かぶり(トンネルの天井になる土の厚さ)1400メートルという深いトンネルで潜り抜けます。しかしトンネルを抜けたあと、この小河内沢のあたりでは、土かぶりが急に浅くなり、100メートルか200メートルしかありません。環境庁は、リニア新幹線は地下水流が流れている岩盤よりずっと下を通るから、上流の国立公園を流れる地下水の方向や水量を妨げることはないと判断していました。だが、その後の調査で、小河内沢を横断するあたりでは、地下水がトンネルと同一平面で交差する可能性があることがわかったのです。

 

地下の岩盤、断層がどうなっているか、地上から推量することは非常にむずかしいとされています。特に岩盤の割れ目をつくる断層は深いところまで地下水で満たされています。この場合、トンネル工事で岩盤を破砕すると、地下水が坑道内に噴出してきます。噴出した水はもう元には戻りません。地下水は永遠に失われ地上の生態系に大きな影響を与えます。

 工事してみなくてはわからない

小河内沢の流水量や方向がどうなるかは、工事してみなければわかりません。トンネル工事で小河内沢が涸れてしまうこともありえます。公園法は「国立公園区域内の河川、湖沼等の水位方向を変動させる行為」を禁止しており、違反に対して罰則を設けるとともに、原状回復を命じることができるとされています。しかし工事結果がわからない場合、環境庁は工事を許可できるのですか、それとも許可しないことが正しいのですか?

 逃げ道がひとつあります。事業主が国や都道府県等の公共団体である場合、公園法は適用されません。しかしこれまでわが国では公園法不適用の例は一件もありませんでした。公共団体に不適用が認められるのなら、公園法は誰のために、何のためにあるのでしょうか?

 小河内沢の位置 

https://www.mapion.co.jp/m2/35.54125124,138.13481805,16/poi=L0643001

 

私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(4)

 東京名古屋区間はリニア新幹線路線の86%が地下トンネルです。その結果トンネルを掘りぬいた残土が最低でも5680万立方メートル(東京ドーム約50杯分)発生します。

 8割の残土が再利用方法未定

残土は「ごみ」ではありません。「ごみ」なら廃棄業者が集荷し焼却場に運んでくれますが、残土は「産業廃棄物」です「産業廃棄物」」は、何らかのかたちで、発生元で再利用しなくてはいけません。これまで日本の鉄道はトンネル発掘後の残土を線路の盛り土に使ってきました。ところがリニア新幹線では、全線のほとんど(名古屋―大阪間でも同じと推測される)がトンネルであるために、この方法が使えません。そうなると、誰もが考え付く方法は、残土で山岳部の谷や沢筋を埋め立てることです。しかし実際にはあまり成功例がありません。山岳部の谷や沢が急傾斜であればあるほど、大水や地震の都度、埋め立てた土が滑り落ちます。埋め立て地の下にある町や村は「金魚鉢」の下で就寝しているようなものだと云われます。つい最近の2018年7月の西日本豪雨でも「金魚鉢」の恐ろしさが実証されました。

 トンネルや非常口の掘削が開始されたいま、JRが残土を積み上げている場所は、あくまで「産業廃棄物の仮置き場」です。いずれ残土の再利用のために再利用場所に移動しなければなりません。しかし現時点で移動先がきまっているのは全体の2割以下と言われています。ほとんど再利用方法がきまっていないのです。

 残土を海浜の埋め立てに使うことも可能です。ただし海浜が近いことが条件です。南アルプスの山岳部から海浜に残土を運搬することなど、費用と労力を考えれば、実際には不可能です。そのうえ、JR東海は残土の再利用についてはまったく無力です。ひたすら地方自治体の仲介やあっせんを待っている状態です。本来、このプロジェクトがスタートする前に、残土処理の方法がきまっていなければならないのに、こんなことでリニア新幹線は予定どおり完成するのでしょうか?

 

私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(5)

 最後にリニア新幹線への投資金額について触れておきます。私たちの日常生活では、何兆円、何十兆円という金額には縁がありません。だからリニア新幹線の投資が9兆円とか、10兆円だとか言われても、それが多いのか、少ないのか、さっぱり判断がつきません。だが10兆円に近いと見積もられたリニア新幹線への投資は、これまでの公共投資から見ても、未曾有の巨大金額投資です。

 たとえば1980年代末に、米国でF15という高性能のステルス戦闘機が開発され、防衛庁が約200機を購入しました。現在もまだ使用しています。最近、その後継機として、F35という戦闘機が開発されました。たまたまトランプ大統領が貿易不均衡是正を唱えていることもあり、防衛庁が新型F35機約100機の代替購入に踏み切ったと伝えられています。しかし代価は1機130億円、100機でも1.3兆億円にしかなりません。

 もう少しリニア新幹線に近い投資金額はないかと探してみると、2017年度国土交通省の建設予算がありました。道路、鉄道(整備新幹線をふくむ)、海上輸送、それに都市周辺の防災や復興まで含んだ最大の公共投資予算ですが、それでも金額は合計5.2兆円。リニア新幹線への投資に及びません。

 介護保険総費用に匹敵する巨大なリニア投資

観点を変えて、私たちにもっと理解しやすい費用はないかと探してみると、ありました。それは介護保険総費用です。介護保険の要支援、要介護対象の認定者は全国600万人に近く、その大部分が年齢65歳以上です。介護費用の50%は国、都道府県、市町村が負担し、残りの50%を被保険者が支払います。その合計の介護保険総費用が9.7兆円ほぼリニア新幹線への投資と見合う金額です。介護保険は費用ですし、リニアは投資ですから、コストの性格が異なりますが、それにしても、リニア新幹線への投資は、600万人の介護保険費用に匹敵するほど巨大なのです。

 そのリニアへの投資目的はひたすら高速で走る鉄道のみ。それも周囲はトンネルの闇の中です。旅の情緒など、どこを探してもありません。南アルプスが、モグラの巣のように穴だらけになって引き返せなくなる前に、国民の意思で、もうリニア新幹線にストップをかけようじゃないですか。

 

私たちはなぜリニア新幹線に反対しているのか(6)

 当初は独自にやると言っていたJR東海も、さすがに立て前を転換し、政府の財政投融資から超低金利融資(無担保、30年据置、金利0.6-0.8%と伝えられている)を受けることにしました。これでリニア新幹線は、JR東海のプロジェクトから国家プロジェクトに昇格しました。なぜこれほど政府はリニアを重視するのでしょうか? どうしても景気をもち直したいこと。それから、日本が独自に開発した技術を世界に売り込みたいこと。その二点が理由です。

 だが日本の消費が増えないのは、デフレなど景気変動的な理由からではありません。日本の人口が減少し、高齢者が増えるという、いわば構造的な理由からです。構造要因による需要減少は、鉄道分野だけでなく、あらゆる日本の産業が直面しています。

 時速500キロで走る鉄道が日本で必要か?

リニア新幹線の発想は、大量輸送、高速走行の、いわば高度成長時代の発想です。時代を読み違えたアナクロ発想です。今の日本に、10兆円もの費用をかけて(国民ひとりあたり10万円)、時速500キロで走る鉄道が必要ですか? 東京、大阪、名古屋を毎朝通勤する国民がどれだけ存在しますか?

 政府や自民党は、リニアが必要な理由を手当たり次第に並べ立てています。東海道新幹線の改修が必要だとか、地震等災害に備えた代替路線が必要だとか・・・しかし東海道新幹線はもう改修を始めているし、代替路線なら北陸新幹線等を使えばよい。それに大災害があれば、東海道新幹線とリニア新幹線、両方やられてしまうかもしれません。

 経済の低迷が「人口減少」と「高齢化」という構造的理由によるものなら、リニア新幹線よりも、「人口」と「購買力」をふやす対策が必要です。たとえば外国人を日本国民として受けいれる方法、生活保護世帯率や児童の貧困家庭率を引き下げて購買力増加をはかる方法など、転換のための対策を考えるべきです。参考までに、生活保護を受けている世帯所得は、GDP比で日本が0.6%。イギリス5.0%、ドイツ3.3%、米国1.2%です。日本の生活保護レベルは先進国のなかで最低です(日弁連:データで見る生活保護制度)。

 リニア新幹線には、ここで触れた以外にも、東海道新幹線の3倍もの燃費、電磁波の問題、事故対策等、未解決の問題が多すぎます。そこでもう一度おたずねします。


それでもみなさんは、10兆円もの費用をかけて、この日本に 時速500キロで走る鉄道が必要と考えますか?

 

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